EVは、環境にいいのか、悪いのでしょうか。
最近、この問いをよく耳にします。でも議論はたいてい、出口の見えないまま堂々めぐりを続けているように見えます。
私は自動車メーカーで、AIを使った自動運転の開発をしています。今回はその立場から、EV(電気自動車)について、私なりの考えを書いてみたいと思います。
この記事では、自動運転エンジニアがEVを推す理由を、AIを載せるクルマの開発に携わる現役エンジニアの視点で解説し、最終的にあなたが「EVは環境にいいのか」という議論をどう捉えればよいかを提示します。
- 軸① モビリティの刷新:EVは、AIを載せて動かす器として、いちばん相性がいい
- 軸② 環境:ただし「走るときにCO2を出さない」という話ではない。電気を中心にした社会全体のエコシステムに、クルマを合流させるためだ
- AIとEVの相性が、なぜいいのか
- 「発電でCO2を出しているじゃないか」という反論への、私の考え
- クルマは10年走る、という時間の物差し
- 電気を中心にしたエネルギーのエコシステムと、その中でのクルマの役割
なお、ここに書くのは会社の見解ではなく、一人のエンジニアとしての私の考えです。
軸①:AIとともに、モビリティという概念を刷新する
AIが、休みなく働くクルマへ
これからのクルマの中では、AIが休みなく働くことになります。
乗る人と言葉を交わし、窓の外の世界を読み取り、ハンドルを握る手を支えます。そのために、大きな計算機と、いくつものカメラやセンサー、そして大きな画面が、走っている間も止まっている間も動き続けます。
EVは、そのすべてを一つの電気でまかなえます。
- 同じ電池から取り出せる:タイヤを回す力も、AIが考える力も、画面を光らせる力も、一つの大きな電池から流れ出る。
- 止まっていても静かに動ける:エンジンをかけなくても、止まったクルマの中で、AIや画面を動かし続けられる。
- ソフトウェアで束ねやすい:クルマの機能をソフトウェアで育てていくSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)の考え方と、よく噛み合う。
「EVでなければダメ」ではない。でも、いちばん素直な器だ
もちろん、ガソリン車やハイブリッド車にも、大きな計算機は積めます。EVでなければAIが動かない、というわけではありません。
それでも、AIが休みなく働くクルマを、いちばん素直に支えられるのはEVです。だから私にとってEV化とは、エンジンをモーターに置き換える部品の交換ではありません。クルマを「電気で動くコンピューター」に生まれ変わらせることです。
その新しい体に、AIという頭脳が宿ったとき、クルマの価値は大きく広がっていきます。どう広がっていくのかは、SDVの記事に詳しく書きました。
軸②:環境。ただし、議論の立て方を変えたい
よく聞く反論:「発電でCO2を出しているじゃないか」
EVと環境の話になると、決まって返ってくる声があります。
もっともな指摘です。ただ私は、この問いの立て方そのものに、少し違和感を持っています。理由は二つあります。
一つは、発電はインフラの側で解くべき問題だということ。もう一つは、クルマは10年以上走るという、時間の視点が抜けていることです。
そして地球温暖化は、待ったなしの問題です。どこで二酸化炭素が出ているかを指さし合って足を止めるより、それぞれの持ち場で手を打っていきたいのです。順に説明します。
発電は、インフラの話。ピラミッドで考える
電気をつくるときの二酸化炭素は、発電というインフラの話です。そこはそこで、目標を掲げて取り組んでもらう必要があります。私がEVを語るときは、その地盤があったうえでの話をしています。
絵にすると、こんな姿になります。

- つくる(発電):いちばん下で、全体を支える土台
- 送る・ためる(電気のインフラ):送電網、蓄電池、充電スポット
- 使う:クルマ、家や暮らし、工場、そしてAIのデータセンター
今、再生可能エネルギーや原子力に加えて、核融合のような新しい発電の研究も進んでいます。クルマは、その土台の上に乗っておきたいところです。
電気で動く形になっておけば、土台がクリーンになるほど、クルマも自然とクリーンになっていきます。ガソリンで走るクルマは、発電がどれほど進歩しても、その恩恵を直接は受け取れません。
電気から燃料をつくる合成燃料(e-fuel)という道もありますが、つくるのに多くの電気が必要で、コストや量の面ではまだ課題が大きいのが現状です。
時間の物差しを足す:クルマは10年走る
ここに、もう一本の物差しを足してみます。時間です。
クルマは、一度買えば10年以上走り続けます。日本の電気は、今はまだ火力発電が大きな割合を占めています。でも、その10年のあいだに、電気の中身は変わっていきます。
| 今日買うEV | 今日買うガソリン車 | |
|---|---|---|
| 走るときの排出 | 発電の中身しだい | ガソリンを燃やした分 |
| 10年のあいだに発電がクリーンになったら | 走るほど、排出が減っていく | 変わらない(買った日のまま) |
| つくるときの排出 | バッテリーの分、多め | EVより少なめ |
「待ったなし」だからこそ、今日の電気だけを見て決めるのではなく、クルマが走り続ける時間ごと、選択を考えたいと思います。
電気は「最も使い道の広いエネルギー」だという前提に立つ
この話の根っこには、一つの確信があります。電気は、最も使い道の広いエネルギーの形です。
- 何からでもつくれる:太陽の光、吹き抜ける風、流れる水、原子力。そしていずれは、核融合からも。
- 何にでも姿を変えられる:モーターを回す力にも、部屋を暖める熱にも、夜を照らす光にも、AIの思考にもなる。
- 遠くまで旅ができる:電線を伝って、生まれた場所から使われる場所まで届けられる。
この前提に立たなければ、エネルギーの話は前に進みません。発電の課題を理由に「だから電気で動かすのはやめておこう」と言ってしまえば、発電がどれだけ進歩しても、使う側はいつまでも変われません。
つくる側は、発電をクリーンにする。使う側は、電気で動く形になっておく。それぞれが自分の持ち場で踏ん張ることが、遠回りに見えて、いちばんの近道です。
電気中心のエコシステムを、理想の形に置く
では、社会全体で、エネルギーをどうつくり、どう配り、どう使っていくべきでしょうか。このエネルギーマネジメントの話をするとき、私は電気を中心にしたエコシステムを、理想の形として置くべきだと考えています。
電気を、ある分野だけで使う特別なものとして扱っていては、地球温暖化という途方もなく大きな課題に、正しく向き合えません。電気は脇役ではなく、すべてを支える土台であるべきです。
クルマは、大きなテーマのごく一部にすぎない
地球温暖化というテーマの中で見れば、クルマはごく一部の存在です。家庭も、工場も、これから膨大な電気を必要とするAIのデータセンターも、同じ電気の土台の上に乗っています。
それなのに、クルマだけは「エンジンで走るほうがいい」「エンジンで発電すればいい」と、特別な扱いを求める声があります。
でも私には、その議論はクルマという一本の木だけを見ているように思えます。一本の木だけを磨いても、森は守れません。
電気にしにくい分野は、例外でいい。でもクルマは違う
もちろん、すべてを電気にできるわけではありません。
| 電気にしやすい | 電気にしにくい(例外) |
|---|---|
| クルマ、家や暮らし、多くの工場、AIのデータセンター | 飛行機、大型の船、高い熱が必要な鉄づくり など |
| → 電気中心のエコシステムに合流させる | → 水素や合成燃料など、別の手段も考える |
例外は、あくまで「電気では難しい場所」のためのものです。クルマは、すでに電気で走れる側にいます。電気で走れるものを、わざわざ例外の側に置いておく理由は見当たりません。
だから、私が思い描いている構図はこうです。電気中心のエコシステムを理想の形として置き、その前提からまだ外れているクルマを、電気の側へと寄せていきます。
EV化とは、クルマのためだけの施策ではありません。社会全体のエコシステムに、クルマを合流させる取り組みなのです。
電気は足りるのか。EVは「蓄電池」にもなれる
「クルマもデータセンターも電気を使うようになったら、電気が足りなくなるのではないか」。もっともな問いです。発電と送電の土台を、需要に合わせて太くしていくことは、避けて通れない宿題になります。
ただ、EVは電気を使うだけの存在ではありません。大きな電池を積んで、一日の大半を止まって過ごしています。昼間に余った太陽の電気をためておき、足りない時間には、家や電力網へ戻すこともできます。
エコシステムに合流したクルマは、電気を使う側であると同時に、街じゅうに散らばった蓄電池として、土台を支える側にも回れるのです。
まとめ:EVは、モビリティと環境を同時にアップデートする土台
- 軸①:EVは、AIが休みなく働くクルマを、いちばん素直に支えられる器だ。
- 軸②:発電のCO2は、インフラの側で取り組む話だ。クルマは10年以上走るので、今EVを選べば、クリーンになっていく電気の恩恵を受けられる。
- 前提:電気は最も使い道の広いエネルギーの形だ。
- 全体像:電気中心のエコシステムを理想形に置き、クルマだけを特別扱いせず、マクロに課題を解く。電気にしにくい分野だけを例外とし、EVは蓄電池として土台を支える側にも回れる。
EVは、環境にいいのか、悪いのでしょうか。冒頭の問いに、今の私ならこう答えます。
その問いの立て方を、少し変えてみませんか、と。
つくる側は発電をクリーンにする。使う側は電気で動く形になっておく。そうして積み上がったピラミッドの頂上で、家や工場、AIのデータセンターと肩を並べながら、クルマはAIと一緒に、移動の意味そのものを書き換えていきます。
そのAIとクルマが、これからどんな姿になっていくのか。中国の自動車メーカーの事例や、カメラ映像×AIでできそうなことは、こちらの記事に書いています。
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