中国出張で見た、クルマが「買ったあとも育つ」現実|AI自動運転エンジニアが語るSDVのリアル

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クルマは、いつまで「移動の道具」でいるのでしょうか。

私は自動車メーカーで、AIを使った自動運転の開発をしています。毎日のようにカメラの映像を見つめ、AIがそこから何を読み取ったのかを追いかけています。その仕事の中で、ずっと胸の内にある問いが、冒頭の一文です。

今回は少し腰を据えて、本業に近い話をしたいと思います。テーマはSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)と、AIを積んだクルマがこれからどこへ向かうのかです。

この記事では、SDVでクルマがどう変わるのかを、中国出張で実際に見たクルマとAI自動運転の開発現場の視点から解説し、最終的にあなたがこれからのクルマの変化をつかむための見取り図を提示します。

先に結論
SDVは、単なる開発の手法の話ではありません。AIとともに、モビリティという概念そのものを書き換えるアップデートです。クルマは「買った日がいちばん新しい道具」から、「買ったあとも育ち続ける存在」に変わっていきます。

この記事で書いていること
  • SDVで、クルマの何が変わるのか
  • 中国出張で見てきた、クルマの使われ方(ゲーム、AIとの会話、アプリ連携)
  • FOD:クルマの機能を「あとから買う」という売り方
  • AI自動運転の立場から見た、AIとカメラ映像の相性
  • カメラ映像×AIで、これからのクルマにできそうなこと(私の予想)

なお、ここに書くのは会社の見解ではなく、一人のエンジニアとしての私の考えです。

SDVで、クルマは「買ったあとも育つ」ものになる

これまでのクルマは、工場を出た日がいちばん新しかったのです。買ったその瞬間から、少しずつ古びていきます。それが、クルマという製品の宿命でした。

SDVは、その宿命をひっくり返します。

これまでのクルマSDVのクルマ
機能が決まるとき工場を出た日買ったあとも、アップデート(OTA)で増えていく
時間がたつと少しずつ古びていく賢くなり、育っていく
価値の中心エンジンや車体などのハードウェアソフトウェアと、その上で動くAI

これからのクルマの中では、AIが休みなく働きます。乗る人と言葉を交わし、窓の外の世界を読み取り、運転を支えます。そのための計算機、カメラ、センサー、画面を、ソフトウェアで束ねて育てていきます。それがSDVです。

私にとってSDVとは、クルマを「走るコンピューター」に生まれ変わらせることです。その新しい体にAIという頭脳が宿ったとき、クルマの価値は大きく広がっていきます。

中国出張で見た、クルマの使われ方

この変化は、遠い未来の話ではありません。中国の一部のメーカーでは、すでに始まっています。

私は仕事で中国へ出張した際に、現地のメーカーのクルマを、この目で見てきました。ショールームに並ぶクルマの運転席には、日本ではまだ見慣れない景色が広がっていました。この記事の写真は、そのとき私が撮ってきたものです。

  • 車内でゲームができる:停車中や充電を待つ時間が、そのまま遊びの時間になる。
  • 走りながらAIと会話できる:AIの方から「次はここへ行ってみては」と行き先を持ちかけてくる。
  • アプリでクルマが育つ:外部の開発者がつくったアプリとクルマがつながり、その仕様に沿ってクルマが動く。
中国のEVのダッシュボード。横長の大きな画面に動画アプリのコンテンツが並んでいる
中国出張の際に、現地のショールームで撮影。ダッシュボードいっぱいに広がる画面に、動画のアプリが並ぶ

いちばん驚いたのは、アプリ連携

スマホに好きなアプリを入れるように、メーカーではない外部の開発者がつくったアプリがクルマとつながります。そして、その人たちが決めた仕様に沿って、クルマが動きます。

たとえば、乗り込んだ瞬間にシートや照明、音楽が自分好みに整います。目的地に近づいたら、家のエアコンがそっと動き出します。そんな「クルマの振る舞い」を、世界中の誰かが自由に描けるようになります。

安全の線引きは、守られている
ブレーキやステアリングのように安全に関わる部分は、外からは決して変えられない仕様になっています。アプリが手を伸ばせるのは、安全を脅かさない範囲だけです。守るべき芯は固く閉ざしたまま、その周りの扉だけを大きく開け放っています。

クルマの進化の速さが、メーカーの開発の速さに縛られなくなります。アプリをつくる人の数だけ、クルマの使い道が増えていきます。スマホが電話から「なんでもできる道具」へ変わっていったのと、同じ道筋です。

クルマは「道具」から「部屋」と「相棒」へ

この三つが示しているのは、機能の多さではありません。クルマの意味そのものが、静かに変わり始めているということです。

人を運ぶ道具から、移動しながら過ごす「部屋」へ。そして、AIと一緒に動く「相棒」へ。

私の印象では、日本でクルマの進化というと、燃費や走りの性能といったカタログの数字に話題が集まりがちです。一方で世界では、クルマの「使い道」そのものを広げる動きも進んでいます。

FOD:クルマの機能を「あとから買う」時代

SDVがもたらす変化の中で、もう一つ見逃せないのがFOD(Features on Demand)です。必要な機能を、必要なときに、あとから買い足す。スマホのアプリを買うような売り方が、クルマにも広がり始めています。

仕組み:眠っている機能の「鍵」を売る

  1. メーカーは、機能に必要なハードウェアを、最初からクルマに積んで出荷する。
  2. その機能を目覚めさせる「鍵」だけを、ソフトウェアとして売る。
  3. 買ったその瞬間に、ネットを通じて、眠っていた機能が使えるようになる。

海外では、シートヒーターや加速の性能、運転支援の機能などを、買い切りや月額のサブスクリプションで提供するメーカーも出てきています。

乗る人にも、メーカーにも、うれしい変化

立場FODで変わること
乗る人冬のあいだだけシートヒーターを使う。旅行の月だけ、高度な運転支援を借りる。中古のクルマにも、あとから機能を足せる。
メーカークルマを売ったあとも、お客さまとの関係が続く。売った瞬間が「ゴール」から「始まり」に変わる。

一度買ったら変わらなかったクルマが、持ち主とともに着替えていきます。

「鍵」の値段をどう決めるか
一方で、「すでに積んであるのに、なぜお金を払うのか」という反発もあります。実際に海外では、シートヒーターの月額課金に批判が集まったこともありました。何を最初から使えるようにし、何をあとから売るのか。お客さまが納得できる線引きこそが、FODの成否を分けると思います。

そして、FODが成り立つのも、SDVがあってこそです。機能がソフトウェアで決まり、離れた場所から安全に書き換えられます。その土台がなければ、「あとから買う」という発想は生まれません。

AI自動運転の立場から:AIとカメラ映像は相性がいい

AI自動運転の開発に関わる者として、特に強く感じているのが、AIとカメラ映像の相性の良さです。理由は二つあります。

① カメラ映像は、情報の宝庫だ

何気ない一枚の映像を、じっくり眺めてみてください。信号の色、標識の文字、立ち止まる歩行者、車線を変えようとするクルマ、看板の店名、濡れて光る路面。たった一枚に、驚くほどの情報が折りたたまれています。

人間も、運転中の判断のほとんどを目に頼っています。その「見て、読み取る」役目こそ、AIが最も得意とするところです。最近は、カメラ映像から直接運転の操作を導き出すEnd-to-End(エンドツーエンド)のAIも注目されています。

このブログでも、カメラ映像だけでミニカーを走らせるEnd-to-EndのAIを作ってみました。End-to-EndのAIを本物のクルマに載せるときの壁は、別の記事に書いています。

AVATRの車内の大きな画面に、クルマの周りを映すカメラの映像が表示されている
阿維塔(AVATR)の車内(中国出張の際に、現地のショールームで撮影)。大きな画面に、クルマの周りを見渡すカメラの映像が広がる

② 動き続けるクルマの映像は、尽きない教材だ

クルマは、止まりません。同じ交差点でも、朝の光の中と雨の夜とでは、まるで別の場所のように映ります。動き続けるクルマのカメラは、AIに次々と新しい景色を運んでくる教材です。

しかも、街を走るクルマは一台ではありません。無数のクルマの映像をAIが理解できれば、それは街全体を「今、この瞬間」の姿で見渡す、巨大な目になります。

カメラ映像×AIで、これからのクルマにできそうなこと

ここからは、私の予想です。カメラ映像とAI、そしてそれを育て続けるSDV。この三つがそろったとき、クルマにはこんなことができるようになると考えています。

カメラ映像×AIでクルマにできそうなことを5つのイラストで示した図。車窓の「これ何?」に答える、街の「今」を分け合う、街の傷みを見つける、ヒヤリを振り返る、乗る人を見守る
カメラ映像×AIで、これからのクルマにできそうなこと(私の予想)
できそうなことイメージ
車窓の「これ何?」に答える「今の建物は何?」と聞けば、AIが映像を見て名前と由来を教えてくれる。車窓が、そのまま読める景色になる。
街の「今」を分け合う前のクルマが落下物や冠水に気づき、後ろのクルマに知らせる。地図が、数分ごとに息をする地図になる。
街の傷みを見つけるかすれた白線や汚れた標識を、ふだん走るクルマの映像から拾い上げる。道路の点検を、移動のついでに手伝う。
ヒヤリを振り返る「さっきの交差点では、右から自転車が近づいていました」。気づかなかった危険を、映像とともに振り返らせてくれる。
乗る人を見守る車内のカメラが、ドライバーの眠気や、後部座席の子どもの置き去りに気づく。

光が強いほど、影も濃くなる
カメラ映像には、歩行者の顔や、ほかのクルマのナンバーなど、個人に関わる情報もたくさん写り込みます。映像をどこまで使い、どう守るのか。技術だけでは答えが出ません。ルールづくりと、使う人の納得が欠かせないと思います。

どの風景も、計算機とカメラが長い時間動き続け、そのソフトウェアが売ったあとも育ち続けることが前提になっています。だからこそ私は、SDVこそが、AI時代のクルマの土台になると考えています。

SDVをもっと深く知りたい人へ

SDVの全体像をさらに深く知りたい人には、この2冊をすすめたいと思います。どちらも、自動車業界の変化を高い解像度で描いています。

ほかに読んできたビジネス書は、ビジネス書11冊の記事にまとめています。

まとめ:SDVは、クルマを「育ち続ける存在」に変える

この記事のポイント
  • SDV:単なる開発の手法ではなく、モビリティという概念のアップデート。クルマは買ったあとも育つ。
  • 中国の現場:一部のメーカーでは、ゲーム、AIとの会話、外部アプリとの連携が、すでに始まっている。安全に関わる部分は、外からは変えられない。
  • FOD:機能を「あとから買う」時代へ。納得できる線引きが鍵になる。
  • カメラ×AI:動き続けるクルマの映像は、AIにとって尽きない教材だ。

クルマは、いつまで「移動の道具」でいるのでしょうか。冒頭の問いに、今の私なりに答えるなら、こうなります。

クルマは、もうすぐ「移動の道具」ではなくなります。AIと言葉を交わし、街を見つめ、乗る人を見守りながら、買ったあとも育ち続ける存在へと変わっていきます。

その変化のちょうど真ん中で、開発に関われています。そのことを、私は心から面白いと感じています。

ちなみに、こうしたクルマを動かすエネルギー、つまりEV化について、私が推進派である二つの理由は、別の記事に書いています。
👉 自動運転エンジニアがEVを推す本当の理由

SDVやAIで業界が変わる中、エンジニアはどう生きるか
クルマの価値がソフトウェアとAIへ移る中で、こうした技術に関わる経験は、社外でも高く評価されるようになっています。実際に私のもとにも、大手コンサルやBig4からスカウトが届きました。技術を強みに、コンサルやIT企業へキャリアを広げる道もあります。
👉 自動車メーカーのAIエンジニアが年収を上げるキャリア戦略
👉 技術者がコンサルの面接で問われたこと(日立コンサルティングの中途面接を全公開)
👉 自動車メーカーに転職して後悔する人の3つの特徴

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[…] EVは、そのすべてを一つの電気でまかなう。タイヤを回すのも、AIが考えるのも、画面が光るのも、同じバッテリーから流れ出る電気だ。エンジンをかけずとも、止まったクルマの中は静かに生き続けられる。クルマの機能をソフトウェアで育てていくSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)の考え方とも、電気で全体を束ねるEVはよく噛み合う。SDVとAIでクルマがどう変わっていくのかは、別の記事に書いた。 […]

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