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「自動ブレーキが、何もないところで作動した」
中国の工場で、そんな不具合の報告が上がってきました。ところが現場に駆けつけて確かめると、作動していたのは自動ブレーキではなく、踏み間違い防止機能でした。
一見するとよく似た二つの機能。けれど、頼っているセンサーも、読み解くべきデータもまるで違います。報告を鵜呑みにしていたら、見当違いの解析に何日も費やしていたはずです。
入社2年目と3年目、私は中国向けのクルマを立ち上げるため、2度にわたって中国の工場に入りました。いずれも単身で、それぞれ約2週間。1度目は試作車の段階、2度目は量産開始を目前に控えた時期です。
この記事では、中国での量産立ち上げを、ADAS(先進運転支援システム)の担当として現地で不具合対応にあたった自動車エンジニアの視点で解説し、最終的に、海外の現場で通用するものづくりの4つの原則と、それを貫くキーワードを提示します。
- 1度目(入社2年目):試作車の段階でADASの不具合が複数発生。チームリーダーの退職で、急遽、私が一人で現地に入った
- 2度目(入社3年目):量産開始の直前。1日遅れるだけで1億円を超える損失になると言われる中、サイドレーダーの角度が閾値を超える不具合の真因を突き止めた
- 4つの原則:すぐ現場へ行く/作り方を疑う/対話をやめない/一人で抱えず、周りを巻き込む
- キーワード:4つの原則に共通するのは「Do Not Hesitate(ためらうな)」。海外拠点でアウトプットを出すうえで、最も大事な姿勢
- 結末:周りの協力を得て、量産開始を1日も遅らせずに迎えた。初めて、自分の担当したクルマがお客様の手元に届いた
量産立ち上げの前に、現地で「試作車」を作る理由
一つのクルマは、売る国や地域ごとに仕様を変えて作られます。この行き先の違いを仕向け(しむけ)と呼びます。私が担当していたクルマには、海外向けと中国向けの仕向けがありました。
中国向けのクルマは、中国の工場で量産されます。もっとも、いきなり量産に踏み切るわけではありません。その前に現地の工場で段階を追って車両を製作し、量産と同じ品質で作れるかを確かめます。このまとまりをロットと呼びます。
| 段階 | 目的 | 私の出張 |
|---|---|---|
| 試作車のロット | 現地の工場で初めて車両を作り、不具合を洗い出す | 1度目(入社2年目・約2週間) |
| 量産準備のロット | 量産と同じ条件で作り、量産を始められる状態か最終確認する | 2度目(入社3年目・約2週間) |
| 量産開始(SOP) | お客様に届けるクルマの生産が始まる | 2度目の出張で迎えた |
各段階で見つかった不具合を、量産までに一つずつ潰していく。その地道な積み重ねが、お客様に安全なクルマを届けるセーフローンチ(安全な量産立ち上げ)の礎になります。クルマの開発全体の流れは、自動車開発の流れの記事で解説しています。
1度目の出張:チームリーダーの退職で、急遽一人で中国へ
中国で試作車のロットを作っていたさなか、ADASの不具合が相次いで発生しました。
本来であれば、現地に赴くのはチームリーダー以上の立場の人です。ところが、そのチームリーダーが直前に退職することになりました。そこで急遽、チームの中で最も長くこのプロジェクトに携わってきた私が、一人で現地に入ることになったのです。
最も長いとはいえ、その期間は2年に満たないものでした。それでも、現地での役割ははっきりしていました。ADASの担当として、試作中に出た不具合にただちに対応すること。その迅速な対応の積み重ねこそが、量産を安全に迎えるための条件だからです。
約2週間の滞在で手にしたのは、泥臭く、けれどものづくりに欠かせない原則でした。
原則①:不具合が出たら、すぐ現場へ行く
不具合の報告は、必ずしも正確ではありません。指摘する人が、思い込みのまま報告してしまうことは少なくないのです。冒頭の「自動ブレーキが、何もないところで作動した」という報告も、その一つでした。
踏み間違い防止機能は、低い速度で走っているときにも作動します。急に止まったクルマを目にすれば、自動ブレーキと見分けがつかないのも無理はありません。けれど、二つの機能の仕組みは大きく異なります。
| 踏み間違い防止機能 | 自動ブレーキ(衝突被害軽減ブレーキ) | |
|---|---|---|
| 何をする機能か | アクセルとブレーキの踏み間違いによる急発進や衝突を防ぐ | 前のクルマや歩行者との衝突を防ぐ、または被害を軽くする |
| 使うセンサー | ソナー(超音波センサー) | カメラとレーダー |
| 作動の条件 | ソナーが周りの物体を検出したとき | カメラとレーダーの両方が対象を捉えたとき(AND条件) |
| 解析すべき対象 | ソナーの検出データ | カメラとレーダーの検出データ |
どちらが作動したのかを取り違えれば、調べるセンサーもデータも、すべてが的を外れます。報告の言葉ではなく、現場で起きた事実を自分の目で確かめる。不具合対応は、そこから始まります。ADASの機能については、ADASと自動運転の境目の記事で詳しく書いています。
原則②:不具合の多くは「作り方の違い」から生まれる
現地で対応した不具合の糸をたぐっていくと、その多くは設計そのものではなく、作り方に行き着きました。
日本で確立した生産のやり方が、現地の工場に移しきれていない。その隙間に現地独自の作り方が生まれ、不具合の芽になっていたのです。同じ図面から作っても、作り方が違えば、同じクルマにはなりません。この原則は、2度目の出張でいっそう痛感することになります。原因を探すときは、部品や設計だけでなく、現地でどう作られているかまで見に行く必要があります。
原則③:言葉が通じなくても、対話をやめない
中国の現地メンバーには、英語が通じない人も少なくありませんでした。工場の方となると、ほとんど通じません。そこで通訳の方に同行してもらい、工場のさまざまな持ち場を案内してもらいながら回りました。
中には、工場のメンバーから快く思われないこともありました。忙しい現場に、外から来た若手が入り込んで質問を重ねるのですから、無理もありません。それでも、図太く、臆することなく対話を続ける。言葉の壁があるからこそ、その粘り強さが何よりものを言うのだと学びました。
2度目の出張:量産開始の直前、1日も遅らせられない
やがて、2度目の中国出張の機会がめぐってきます。今度は量産準備のロット。量産開始は、もう目前でした。
1日遅れれば、1億円を超える損失
量産開始の日はSOP(Start of Production)と呼ばれます。SOPは、1日遅らせるだけで1億円を超える損失になるといわれます。1日たりとも、遅らせることは許されません。
1度目の出張とは比べものにならない速さで、対応が求められました。ここで判断を誤れば、私の担当するADASが、量産を止める原因(SOPストッパー)にもなりかねないのです。
それでも、ADASの不具合はSOPの間際まで途切れることなく発生しました。入社3年目の私の肩に、決して小さくない課題が託されていました。
最大の課題:サイドレーダーの角度が、閾値を超えた
2度目の出張で最も大きな課題となったのは、サイドレーダー(クルマの側方や斜め後ろを見張るレーダー)の角度でした。工場の出荷ラインの検査で、レーダーの角度が閾値を超え、NGと判定されたのです。平たく言えば、レーダーが決められた位置に付いていなかったということです。
厄介なのは、疑うべき候補が多いことでした。レーダーの位置は、複数の部品が組み合わさって決まります。そのうえ、部品の位置が正しくても、検査する設備の側に狂いがあれば、レーダーの位置がおかしいと判定されてしまう。部品と設備、その両方を疑わなければなりませんでした。
FTAで要因を絞り、怪しいものから潰していく
不具合が出たら、その場ですぐにFTAを作り、真因の特定にかかります。
- 起きた不具合を頂点に置き、「なぜ起きたか」の候補を木の枝のように分解していく分析の手法
- 考えられる原因を漏れなく洗い出し、一つずつ確かめて潰していくことで、真因にたどり着く
FTAで要因を絞り込み、その場で潰せるものはすぐに潰す。そのうえで、最も疑わしい要素から順に確かめていきました。並行して、課題が出るたびに日本側へ連絡し、推定要因を伝えて調査を進めてもらいます。現地で事実を集める私と、日本で解析する設計のメンバー。海を隔てた二人三脚で、真因を一つずつ追い詰めていきました。
そしてたどり着いたのが、サイドレーダーが取り付けられているバンパーの位置精度が出ていない、という事実でした。すぐにバンパーの修正を要望し、課題は解決へと向かいました。
原因をさらにさかのぼると、行き着いたのは、量産のラインに日本の生産設備を十分に移しきれていなかったことでした。1度目の出張で学んだ原則②を、SOPの間際になって改めて突きつけられた形です。
原則④:一人で抱えず、周りを巻き込む
正直に言えば、私一人の力ではどうにもならないことばかりでした。だからこそ、近くにいるメンバーに臆せず声をあげました。一刻も早く課題を解決できるよう、手段を選ばず協力を仰いだのです。
現地にいた日本人の多くは、私より10年以上もキャリアを重ねたベテランでした。現場のことは、誰よりも知り尽くしています。
とりわけ心強かったのが、日本から現地の会社に出向している社員の方々です。私が工場の担当者に伝えても聞き入れてもらえないことも、出向者の方に同席してもらうと、その言葉は確かな重みを持ちました。
若手が一人で正面から押しても、動かないものは動きません。誰の言葉なら届くのかを見極め、その人の力を借りる。それもまた、立派な課題解決の手段なのだと学びました。
初めて、担当したクルマがお客様の手元に届く日
張り詰めた日々の中、周りの力にも支えられて、量産開始を1日も遅らせることなく迎えることができました。
それは私にとって、自分の担当したクルマが初めてお客様の手に渡る瞬間でした。入社2年目の試作車から、3年目の量産準備まで。中国の工場で過ごした日々が、1台のクルマとなって走り出していく。胸の内は、静かな達成感で満たされていました。
中国のローカルメーカーのクルマに乗って驚いたこと
中国出張で学んだのは、工場のことだけではありません。現地では、中国のローカルメーカーのクルマにも数多く乗りました。そこには、日本の自動車メーカーの常識では考えられない光景がいくつもありました。
LiDARを、あえて目立たせる
LiDAR(ライダー)は、レーザー光を当てて、周りの物体までの距離や形を測るセンサーです。自動運転では、クルマの位置や周りの状況をつかむために使われます。
日本のメーカーであれば、LiDARはなるべく目立たないようにレイアウトします。クルマの佇まいを損なわないためです。ところが中国のメーカーは、むしろ人目につく位置に据える傾向があります。LiDARを積んでいること自体を、高級車の証として誇示しているのです。
同じ部品でも、「隠すもの」と見るか、「見せるもの」と見るか。センサーの置き方ひとつにも、作り手の価値観がにじみ出ます。LiDARと自動運転のレベルの関係は、自動運転レベルの記事で詳しく書いています。
先進的な機能を、圧倒的な低価格で
もう一つ目を見張ったのは、極めて先進的な機能を備えながら、価格が際立って安いことです。この両立は、率直に言って驚嘆に値します。
ただし、その裏側にも目を向けておく必要があります。現地で聞いた話では、その安さを下支えするサプライヤーの中には、無給に近い条件で働いていたり、2交代制で稼働を続けていたりするところもあるそうです。
先進的な機能と、圧倒的な安さ。その強さの源泉を知るほどに、日本のメーカーが同じ土俵でどう戦うべきかを考えさせられます。中国のクルマが「買ったあとも育つ」仕組みについては、中国出張で見たSDVの記事にまとめています。
キーワードは「Do Not Hesitate」
2度の中国出張を振り返ると、4つの原則は、ひとつの言葉に収れんしていくように思います。「Do Not Hesitate」――ためらうな。私の職場でよく使われる言葉です。
不具合が出たら、ためらわずに現場へ行く。歓迎されない空気の中でも、ためらわずに話しかける。一人で解けない課題は、ためらわずに周りへ声をあげる。振り返れば、どの原則も「ためらわないこと」に通じていました。
言葉も、作り方も、常識も違う海外の拠点では、迷っている間に時間だけが過ぎていきます。そしてSOPの間際には、その1日が1億円を超える重さを帯びる。海外拠点で成果を出すうえで、最も大切なのはこの姿勢だと考えています。
海外の現場で身につく力は、どこでも通用する
すぐに現場へ行くこと。作り方まで疑うこと。言葉が通じなくても対話を続けること。一人で抱え込まず、周りを巻き込むこと。どれも派手な技術ではありません。けれど、ものづくりの本質は、こうした地道な所作の中にあるのだと思います。
そして、これらは自動車業界の外でも通用する力です。事実を確かめて課題を構造化し、立場の違う人を動かして、期限までにやり切る。海外の現場で鍛えられたこの力は、プロジェクトを推進する力として、社外でも評価されます。
まとめ
- 量産の前に、現地の工場で試作車や量産準備の車両を作り、同じように作れるかを確かめる。ここでの不具合対応が、安全な量産立ち上げの土台になる
- 原則①:不具合の報告は思い込みを含むことが多い。すぐ現場で事実を確かめる
- 原則②:不具合の多くは、日本の作り方が現地に移しきれていないことから生まれる
- 原則③:言葉が通じなくても、歓迎されない空気の中でも、対話をやめない
- 原則④:SOP直前は1日も遅らせられない。FTAで真因を追い、一人で抱えず、出向者やベテランの力を借りる
- 4つの原則を貫くキーワードは「Do Not Hesitate」。迷わず現場へ行き、話しかけ、声をあげる
- サイドレーダーの角度が閾値を超えた不具合も、真因はバンパーの位置精度。日本の生産設備が移しきれていなかったことにたどり着き、SOPを1日も遅らせずに迎えた
- 中国のローカルメーカーは、LiDARをあえて目立たせて高級感をアピールする。機能は先進的なのに安く、その安さはサプライヤーの過酷な働き方にも支えられていると聞く
入社2年目で飛び込んだ中国の工場は、教科書では決して学べないことを、身をもって教えてくれる場所でした。
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