自動車開発の流れと期間|新車ができるまでの5つの工程を、1台に4年関わった現役エンジニアが解説

クルマが生まれるまでの5つの段階:仕様を決める、デジタル試作、試作車、量産準備、量産開始(SOP)

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メキシコの工場で、大勢の人がラインの先を見つめていました。

工場の作業者たち。世界中の拠点から一人ずつ集まった代表者たち。テレビ局らしき人たちまで、カメラを回しています。誰もが固唾をのんで待っているのは、量産1台目のクルマです。

その輪の中に、私も一人で立っていました。4年前、私が入社したとき、このクルマにはまだ影も形もなかったのです。

この記事では、クルマが構想から量産まで進む流れを、海外向けのクルマ1台の開発に4年間関わった現役エンジニアの視点で解説し、最終的に、新車が「お客様のクルマ」になるまでの道のりを、私自身の4年間とあわせて紹介します。

前半では開発の流れを順を追って、後半ではその流れの中で私が経験したことをお話しします。流れだけを知りたい方は、前半だけでも読み通せるように書いています。

先に結論
  • 流れ:商品企画の構想 → 仕様決め → デジタル試作 → 試作車 → 海外工場での量産準備 → 量産開始(SOP)
  • 規模:関わる人は300人超。担当したクルマでは、骨格が決まってから量産まで約4年
  • 開発のリアル:部品を「クルマとして」組み合わせるたびに、想定外の問題が出てくる
  • 最後の壁:日本で作れたクルマが、海外の量産工場でも同じように作れるとは限らない

段階何をするか担当したクルマの場合
① 仕様決め商品企画の「作りたいクルマ」に設計が制約を返し、載せる機能と性能を決める入社した頃(骨格は決定済み)
② デジタル試作全部品のデータをパソコンの中で組み合わせ、干渉や組み立てやすさを確かめる仕様が固まってから
③ 試作車初めて実物を作り、走らせて、ソフトや性能を仕上げるデジタル試作の約1年後/約50台
④ 量産準備量産する海外の工場で、同じように作れるかを確かめる入社3年目/約150台
⑤ 量産開始(SOP)お客様に届けるクルマの生産が始まる入社4年目
私が担当したクルマの開発の流れ(大幅に簡略化しています)

① 仕様決め:「作りたいクルマ」と「現実の制約」のすり合わせ

始まりは、商品企画が描く「作りたいクルマ」

クルマの開発は、商品企画という部署が「こんなクルマを作りたい」と、理想を詰め込んだ構想を掲げるところから始まります。

その中身は、驚くほど具体的です。ターゲットとなるお客様は何歳で、年収はいくらで、既婚の男性で……と、ひとりの人物像まで描き込まれます。そのうえで、「この人に向けて、こんな機能を備えたクルマを売りたい」という提案が示されるのです。

設計が「制約」と「費用」を返す

この提案に、設計の側が応えていきます。「それを実現しようとすると、開発としてリーズナブルには作れない」。そうした制約を、一つずつ突き返していくのです。

設計の担当者は、「この機能を載せると、いくらかかる」という資料を作り、開発の責任者(チーフエンジニア)に報告します。何を載せ、何を見送るか。最後に断を下すのは、この責任者です。

たとえば私のいたADAS(自動ブレーキなどの運転支援システム)のチームは、次のような役割を担っていました。

  • できることを示す:「このセンサーを載せるなら、この機能をつけられる」と提案する
  • 手を挙げる:「その機能は、開発にお金がかかる」とはっきり伝える
  • 釣り合いをとる:上位の車種との序列(クルマのヒエラルキー)に合わせ、過剰な仕様にしない

作りたいクルマと、現実の制約。このせめぎ合いを幾度も重ねるうちに、理想を詰め込んだ構想は、実際に作れるクルマの仕様へと姿を変えていきます。

② デジタル試作:パソコンの中で、クルマを一度組み立てる

仕様が固まってくると、デジタル試作に入ります。実物を作る前に、すべての部品が載った「クルマ全体のデータ」を、パソコンの中で一度組み立ててみる段階です。

部品の担当者全員が、自分の部品のデータを持ち寄って突き合わせ、次のようなチェックを行います。

  • 干渉チェック:部品同士がぶつかったり、重なったりしていないか
  • シミュレーション:強度や熱などを計算して、性能を満たしているか
  • 組み立ての確認:工場の作業者が、無理なく組み付けられるか

不思議なもので、担当者がずっと見てきたはずのデータでも、クルマとして突き合わせると、思いもよらない問題が顔を出します。ほかの部品とぶつかっていたり、シミュレーションで想定外の箇所がNGになったりするのです。ここで問題を一つずつ潰してから、ようやく実物づくりへ進みます。

③ 試作車:初めて実物を作り、走らせて仕上げる

デジタル試作から1年ほどたつと、いよいよ試作車の製作が始まります。試作車は何台かずつまとめて作り、このまとまりをロットと呼びます。担当したクルマでは、最初のロットはおよそ50台でした。

部品を間に合わせるための総力戦

最初の試作車では、部品の担当者たちが、何としても部品を間に合わせようと奔走します。

  • 試作型で作る:量産用の型が間に合わないので、試作用の型で作った部品を使う
  • 飛行機で運ぶ:船便では間に合わない部品を、航空便で送る
  • 張り紙で知らせる:どうしても間に合わない部品があると、「一部の部品が間に合っていません」「一部の機能は使えません」と張り紙で告知されることもある

最初のロットの1台目は、エンジンがかからないことも珍しくありません。実験中に発火することさえあると聞きます。最初の試作車は、まだ「クルマになりきっていない」のです。

ソフトウェアも、ここから仕上げていく

ADASのような機能は、部品がそろっても、中身はまだ未完成です。ソフトウェアはバグを抱え、パラメーターのチューニング(実車に合わせた設定値の調整)も済んでいないため、制御は破綻しています。到底、商品として世に出せる状態ではありません。

この最初のロットを走らせながら、パラメーターを一つずつ詰め、ソフトの完成度を高めていきます。この調整の現場は、ADASの設計と調整の記事で詳しく書いています。

④ 量産準備:海外の量産工場で、同じように作れるか確かめる

試作車の次のロットは、いよいよ量産を担う工場で作ります。海外で販売するクルマなら、それは海外の工場です。担当したクルマでは、このロットはおよそ150台でした。

最初の試作ロットは、管理が行き届き、水準の高い日本の工場で作られます。そこで難なく作れていたものが、海外の工場ではそうはいきません。

  • 力のかけ方の違い:作業者が想定以上の力で組み付けて、ユニットを壊してしまう
  • 設備の違い:現地で設備を独自に設計して、生産ラインに反映している
  • 管理の違い:日本側の管理が届かないところで、現地独自のやり方が取り入れられている

こうした違いが、思いのほか不具合につながります。量産開始が目前に迫っても、気を緩めることはできません。

⑤ 量産開始(SOP):お客様に届くクルマの生産が始まる

お客様に届けるクルマの生産が始まることを、SOP(Start of Production:量産開始)と呼びます。SOPは、プロジェクトの大きな節目です。担当したクルマでは、工場の作業者だけでなく、世界中の拠点の代表者も集まり、量産1台目の誕生を見守りました。

ここまでが、クルマが生まれるまでの流れです。ここからは、この流れの中で私が経験したことをお話しします。

1台に最初から最後まで関わった、新人エンジニアの4年間

実は、1台のクルマのプロジェクトに、最初から最後まで関わり続けられることは、意外と少ないものです。私は入社してからの4年間、骨格が決まった段階から量産開始まで、同じ1台を見届けることができました。右も左もわからなかった私の成長と歩調を合わせるように、形になっていったクルマです。

1年目:会議に出ても、何を言っているのかわからない

入社したばかりの私は、会議に出ても、ほとんど何を話しているのかわかりませんでした。飛び交うのは、略語と社内用語ばかり。最初の1年ほどは、言葉を覚えるところからの出発でした。

今思えば、あの時期に大切だったのは、わからないことに慣れることだったのかもしれません。社内用語は、どこまでいってもわからないものが残ります。すべてを理解してから動くのではなく、わからないまま一歩を踏み出す。それが、この仕事で最初に受けた洗礼でした。

デジタル試作:指摘は「手が入らない」

デジタル試作で私の部品が引っかかったのは、組み立てやすさの確認でした。指摘は、「手が入らない」。部品単体では何の問題もないのに、まわりに部品が並ぶと、作業者の手が届かなくなるのです。

図面の上の正解と、現場の正解は違う。工場の方と膝を突き合わせ、「これならいけるよね」という形で合意して、ようやく次へ進めました。

試作車:かっこいい。それが正直な記憶

入社してから、資料とデータの中でしか見てこなかったクルマ。その実物を、私は最初の試作車で初めて目の当たりにしました。

最初に込み上げてきたのは、「かっこいい」という気持ちでした。際立って先進的なデザインでした。会議の言葉もわからなかった新人が、初めて手にした大きなやりがいでした。

試作車:新人の私が招いた、フロントカメラの納入リスク

ただ、感動に浸っている暇はありませんでした。部品を間に合わせる総力戦の当事者に、私自身もなりかけていたのです。最初のロットに間に合わないおそれが出たのは、私が担当していたフロントカメラでした。

フロントカメラは、フロントガラス(ウインドシールド)のサプライヤーに取り付けてもらう部品です。カメラはまずガラスのサプライヤーに届き、そこでガラスに組み付けられてから、クルマの工場へ納入されます。そのぶん、カメラのサプライヤーには早めに準備してもらう必要がありました。けれど新人の私は、それをよくわかっていなかったのです。

サプライヤーの尽力もあり、辛うじて納入にこぎつけました。ただ、それは試作品での納入で、まさに薄氷を踏む思いでした。部品は、自分の仕事を終えた時点ではなく、誰かの手元に届いて初めて「間に合った」と言える。その当たり前を、身をもって思い知りました。

3年目:「若者が一人で来た」

入社3年目、私は量産準備のため、海外の工場へ一人で赴きました。

現地での私は、人を動かさなければならない立場でした。けれど工場の人たちの目には、「日本から若者が一人で来た」くらいにしか映っていなかったと思います。そこで何がうまくいかず、どうもがいたのか。その話は、別の記事でじっくり綴るつもりです。

4年目:影も形もなかったクルマが、お客様のクルマになる日

そして、冒頭の場面に戻ります。SOPの日も、私は一人でメキシコの工場にいました。

量産1台目を待つあいだ、まわりの人たちは誰かと言葉を交わしながら、その瞬間を待っていました。けれど私は英語が得意ではなく、まわりは10歳も20歳も年上の人ばかり。正直なところ、輪に溶け込めてはいませんでした。取材のカメラが回るのを見て、「工場でカメラを回していいんだ……」と、少し面食らったのを覚えています。

誰とも話さずにラインを見つめていたその時間、胸に去来したのは入社直後の日々でした。会議の言葉もわからず、クルマにはまだ影も形もなかった、あの頃。そこから、これほど見事な製品ができあがった。

そう思うと、静かな嬉しさが、じんわりと胸に広がっていきました。

1台のクルマを最初から最後まで見て、学んだこと

4年間、クルマと一緒に、私も育ててもらいました。振り返ると、学んだことは3つあります。

  1. わからないことに慣れる:全部わかってから動くのではなく、わからないまま前に進む
  2. 部品ではなく、クルマとして見る:単体で正しい部品も、組み合わせると問題が出る。最後は現場と合意して前に進める
  3. 届いて初めて「間に合った」:自分の作業だけでなく、その先の段取りまで見て早めに動く

まとめ

この記事のポイント
  • クルマの開発は、商品企画の構想 → 仕様決め → デジタル試作 → 試作車 → 量産準備 → SOPの順に進む
  • 仕様は、商品企画の「作りたいクルマ」に、設計が制約と費用を返すやり取りの中で決まる
  • デジタル試作でも試作車でも、クルマとして組み合わせて初めて見える問題がある
  • 日本でうまく作れても、海外の量産工場では同じようにいかない。SOP直前まで油断できない

1台のクルマには、300人を超える人たちの、数年分の時間が詰まっています。街で新車を見かけたら、その背後にある長い道のりに、少しだけ思いを馳せてみてください。

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